さすらう、雨男 3

(2001/7/23〜26)




7月26日

う〜、う〜、う〜ん。
太陽の光を浴びるのは気持ちがいいなあ!
ということで、絶好の登山日和なのだ。
夏の大雪山、と言えば、お花畑である。
お花畑、と言えば、夏の大雪山である。
とにかく、この季節の大雪山は、イチオシである。
絶対に、損はさせません、お買い得ですよお、奥さん。
(事実だけど、自己暗示も多少含む)

ただし、「大雪山」という山は存在しないので、
誤解のないようにお願いしますだ。
北海道最高峰の旭岳(2290m)や、
黒岳、白雲山などの山々の集合体を、
総称して「大雪山」と言うのですね。

その昔「ヌタクカムウシュペ」と
アイヌ語で呼ばれていた時代には、
今よりも、もっともっと、
原始性と神話性(?)にあふれていたに違いない。
だって、アイヌの人たちは、
このあたりのことを特に、
「カムイミンタラ(神々が遊ぶ庭、の意)」
とさえ呼んでいたのだから。

標高は、最高峰の旭岳で、
やっと2000mを超すくらいなのであるが、
そこは北海道、緯度が高いために、気候条件は、
本州の3000mクラスの山に匹敵。
一度荒れたら、その厳しさは、ハンパじゃない。
さらに言えば、山中の年間平均気温は、-5度で、
アラスカはフェアバンクスと、ほぼ同じなのである。

大雪山系は、今や登山道が整備され、
北海道でいちばん登山者の多い山、と言えるのだが、
シロウトさんの手に負えるのは、
基本的に、6月、7月、8月、
ちょっと頑張って9月中旬まで、
とお考えいただきたい。
また、クマさんの家に足を踏み入れている、
という事実をお忘れなく。

我が相棒のしもべくんは、
数年前の9月中旬に大雪縦走を決行したものの、
大暴風雪のホワイトアウト状態に見舞われ、
遭難寸前、死ぬ目にあったらしい。
お〜、こわ。


さて、こんな話をしているうちにも、
我々は、出発準備を整え、ロープウエイの駅に到着した。
修業のために山登りをしているわけではないので、
楽ができるなら、それにこしたことはない。
したがって、そこに文明の利器があるなら、
多少お金がかかろうとも、当然、利用するのだ。
(もちろん、乱開発には大反対だけど)

始発の次の、午前6時20分発のロープウエイに乗り込み、
さらにリフトを乗り継いで、みるみる7合目へ到着。
そこから歩くこと45分、午前8時前に、
標高1984メートルの黒岳頂上の人となった。

いやいや、ここからの眺めがまたいいんだわ。
荒々しさをむき出しにした火山性大地をベースに、
お花畑の優しい色合いと、
目に鮮やかな白い雪渓をトッピング。
背景には青い空と夏の雲を添えてみました、という感じ。
わかるかなあ?

前述したとおり、超人気コースゆえ、
登山道は舗装一歩手前くらいまで整備され、
その様子は、急勾配がある遊歩道、という趣である。
一般観光客も多く登るから、
事故の無いように、と配慮した結果なのだろう。
(それゆえ、若いおねえちゃんの姿も多く見られる)
それはそれで、う〜ん、まあいいか。


黒岳の頂上一帯を占めるゴツゴツした岩場を抜けると、
そこはもう、高山植物天国。
コマクサに、イワブクロに、エゾツガザクラに、
チングルマに、エゾコザクラなどなど、
枚挙にいとまが無いほど、色とりどりで、
清楚にして可憐な高山植物に巡り合える。
ハイマツの下に目をやれば、
ゴゼンタチバナやコケモモも見られるぞ。
(名前を知らない花もけっこうあったりするが……)
ただし、チングルマはこの時期、すでに盛りを過ぎ、
花の残骸らしいフワフワした綿毛になっている。
また、トリカブトやリンドウ系の、いわゆる秋の花は、
ちょうど蕾がふくらみはじめたばかりで、
花が咲くまでにはあと10日くらいかかるかな。

それにしても、くどいようだけど、
大雪のお花畑は、スケールが大きい。
登山者がぞろぞろ歩いているので、
はっきり言って、風情もへったくれもないのであるが、
この見渡す限りの大地を占める高山植物群を目にすると、
ああ、やっぱり大雪はいいなあ、、、
との思いを新たにしてしまう。
いいものはいいのである。
ホント、登ってよかった。


しもべくんが、6×4.5の中版カメラを構えると、
アマチュアカメラマンのオヤジが、思わず立ち止まる、
というシーンがしばしば展開される。
掟破りのカメラを出された暁にゃあ、
ぼくのニコンF5も敵じゃあないわな。
しかし、よくまああんなにたくさんの機材を担いで、
山に登る気になるよな。

去年、日高のカムイエクウチカウシ山に登った時なんぞ、
彼の荷物の総重量は、何と、40キロだよ、40キロ!
そこらの山とは格がぜんぜん違う、日高の山で、
この重さはないべや。
ちょっと痩せたおねえちゃんなら、
ちょちょいと背負って、日高に登れるってことだぜ。
プロカメラマンの体力は、
我々常人のはかり知るところではないなあ。


ルンルンしているうちに、石室へ到着。
ここから、お鉢巡りのルートが、二手に分かれる。
仮に、「右回り」と「左回り」としよう。
「お鉢巡り」とは、今も有毒ガスをはき続ける、
カルデラの名残と言われる噴火口を、
その尾根伝いに、ぐるぐるっと周回する、
大雪トレッキングの人気コースである。
1回りするのに、だいたい6時間くらいかかるのだが、
我々みたいにパシャパシャ写真を撮りながら歩くと、
1日では回りきれない可能性もある。

石室から、右回りルートを行き、
間宮岳まで進んでから分岐して、
旭岳のピークを踏んで、天人峡温泉に下るルートは、
俗に「大雪銀座」とも呼ばれており、
「じじばば百名山ハンター」が多数参加する登山ツアーは、
十中八九がこのルートを通るのである。
しかし、関係ないけど、あの人たち、
どんな山に登るときにも、みんながみんな、
判で押したようにトレッキングポールを持ち、
ロングスパッツをつけているのは何故なんだろう?
誰か知っていたら教えてくれ。

休憩していると、
小屋の主人らしき人物が近寄って来て、
左回りルートの途中にある赤石川が増水しているので、
ひざ上まで濡らす覚悟が無いと徒渉できない、
との情報をくれた。
我々は、大して深く迷うこともなく、
あっさりと、お鉢一周を断念したのだった。
ここまで来れば、トレッキングなんか二の次。
高山植物の撮影さえできれば、思い残すことはない。
一度軟派になってしまった思考は、
そう簡単には戻らないものさ。
それにしても、目の前の谷から、
霧がすごい勢いで上がってくるのが、
ちょっとだけ気掛かりではある。
(ホラ、ホラ、ホラ、来たぞ、来たぞ)


つづく

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ESSAY
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