楽園ペンケ&パンケで、地獄の筋トレ 1

(2003/2/28)



ぼくは、北海道の中では、
十勝地方が断トツに好きなのであるが、
ここ数年、長期的に通い続けているうちに、
阿寒湖周辺も捨てがたい、と思うようになった。
マリモと温泉だけの阿寒湖じゃあないのよ。

まず、森がいい。
アカエゾマツ、トドマツなどが生い茂る針葉樹林から、
ダケカンバやミズナラなどが見られる広葉樹林、
針葉樹と広葉樹の入り交じった針広混交林まで、
さまざまな形態の森が見られる。

まったく人の手の入っていない森は、
阿寒湖周辺でも本当に稀。
その昔、北海道の他地域と同じように、
大規模な開発を受けたのだが、
それでも、畏怖の念を覚えるような、
大きくて、太くて、生命力に満ちあふれた樹を、
いたるところで目にすることができる。

また、水もふんだんにある。
原始の雰囲気をかもしだす豊かな森に囲まれた、
阿寒湖、太郎湖、次郎湖、ペンケトー、パンケトー、
ヒョウタン沼、じゅんさい沼、
そして、ちょっと離れた場所にある、
オンネトー、錦沼などの湖沼に、
阿寒湖から太郎湖を経て流れ出している阿寒川や、
各湖や沼に流れ込み、流れ出している、あまたの清流。
もちろん、温泉も、水だね。

地形図で確認するとよく分かるのだけど、
阿寒湖周辺の湖は、雄阿寒岳を、
ぐるり、と取り囲むように位置しており、
水の流れは、反時計回りに、
ペンケトーからパンケトーを経由し、
イベシベツ川となって阿寒湖へと流れ込み、
(これがまた、ものすごくきれいな川なんだ)
そして、その阿寒湖から、太郎湖を経由して、
阿寒川が流れ出しているのである。
次郎湖だけは、他の湖とは違い、
阿寒湖や太郎湖と地中でつながっているらしい。

標高はそんなに高くないけれど、
今も活発な火山活動をしている雌阿寒岳(1499m)に、
雄阿寒岳(1371m)、阿寒富士(1476m)、
白湯山(950m)などの山々は、
頂上からの展望は恵まれているし、
いたるところで高山植物が見られる。
つまり、山も、いい。

阿寒湖周辺は、あなどれないぞ。


前置きが長くなってしまっているけど、
阿寒湖の「特殊事情」についても、
ここでぜひ触れておかなければ。

では、突然ですが、質問です。

「阿寒湖周辺の土地は、誰が所有してるでしょう?」

国、と答えた人は、なかなか鋭いね。
阿寒湖周辺は、大雪山国立公園と並んで、
日本で2番目に制定された、阿寒摩周国立公園内にある。
でも、残念ながら、答えは、ハズレ。

国じゃなければ、北海道か、阿寒町の持ち物?
ところが、それも、違うんだなあ。

まさか?もしかして?
残された答えは、もう、ふたつしかないよなあ。
企業か、個人か。
そう、何と、阿寒湖周辺の、約3600haの土地は、
前田さんという、個人の持ち物だったのであります。

「うっそお!マジ?前田さんちにお嫁に行きたい!」

と、考えるおねえちゃんもいるかもしれないなあ。

実は、個人の持ち物、ってのは、もう過去のハナシで、
今は、前田一歩園財団、という財団法人が、
所有、管理している。
もし、現在、阿寒の森が、国に管理され、
営林署(森林管理事務所)やらの手の内にあれば、
独立採算制、との大義名分のもとに、
ばったばったと樹が切り倒され、
スカスカの森にされていただろうことは、
間違いないだろう。
前田さん、エライ。

蛇足だけど、阿寒湖周辺は、
国立公園特別地域、鳥獣保護区などに指定され、
一般の人々の立ち入りを禁止している場所も多いので、
阿寒の森や湖を堪能しようとしている人は、
ご注意のほどを。


さてさて、
阿寒についての基礎知識を仕入れたところで、
今回は、皆さまを、自然豊かな阿寒湖周辺の中でも、
秘境中の秘境と言うべく神秘の湖、
ペンケトー&パンケトーへとご案内しましょう。



時は、2003年2月28日、朝8時30分。
阿寒湖畔の温泉街の外れにある、
阿寒ネイチャーセンターの事務所に、
5人の男が集結した。

とはいえ、
北海道のアウトドア業界に身を置くこの5人の男たちは、
善くも悪しくも、個人主義者というか一匹狼なので、
たまたま同じ日に、ペンケトー&パンケトーを目指した、
と言った方が正確かもしれない。

ちなみに、これらの名前は、もちろん、アイヌ語。
ペンケトーの意味は、「上側の、沼」、
パンケトーは、「下側の、沼」、
(2つの湖の間には70mの標高差がある)
両方に共通する「トー」は、「沼」って意味ですな。
オンネトーも「トー」がつくよね。

今回の行動予定は、
通称「阿寒横断道路」と言われる国道241号沿いの、
双湖台から出発して、ペンケトー、パンケトーを巡り、
同じ国道沿いにある双岳台に戻るルート。
双湖台は、ペンケトー、パンケトー、
二つの湖を見渡せることから、その名が付き、
同じく、双岳台からは、雄阿寒岳、雌阿寒岳、
二つの山を望むことができる。

コンビニで行動食を買ってから、
まず双岳台へ行き、車を1台キープしたあと、
双湖台までもどって、出発の準備にとりかかる。
雲ひとつない、思いっきりの青空である。

山スキーで挑むのが、
小樽を中心にシーカヤックガイドをしている、
ブルーホリック嘉藤と、
釧路川のネイチャー&カヌーガイドの、ファームス蔵崎。
スノーシューで行くのが、ぼくと、
釧路川でカヌーガイドをしている、
ノーザンパイクたいぞう(別名、デストロイたいぞう)。
阿寒ネイチャーセンターのガイド、クラッシャー岳は、
泣く子も黙る掟破りの合わせ技、
下りアルペンスキー、上りスノーシュー攻撃。
ね、装備からして、ばらばらでしょ。

地図を広げ、おおまかなルートを確認。
あとは、自己責任で、ペンケ・パンケを目指す。


国道241号の両わきには、
除雪された雪が、高さ1mくらいの壁をつくっている。
その上を歩いていると、
突然、観光バスが真横で停まった。
きっと、バスガイドのおねえちゃんが、

「左手に見えますのが、ペンケトーでございます。
 北海道の形によく似ている、と言われております。
 目の前に見える5人は、物好きでございます」

などと説明しているに違いない。

バスに乗った観光客の顔と、
ぼくたちの顔がちょうど同じ高さなので、
仕方なく、バスの窓に向かって愛想よく手を振る。

国道に沿って阿寒湖方面へ200mくらい進み、
林道の名残のような小道から、
いよいよ原生林の中に突入。
雄阿寒岳に向かって進路をとり、
小高い丘の西側を回り込むように、ひたすら下る。

スキーをつけた3人は、
じゃあ、お先に、という言葉を残して、
あっという間に視界から消え去っていった。
スノーシュー組のぼくとたいぞうは、
パウダースノーの感触を楽しみながら、
ゆっくりと森の中を歩く。


まず、驚かされるのが、
一本一本の樹の貫録である。
大人の腕でふた抱え以上もあるアカエゾマツ。
風雪にさらされてか、木肌が、
氷河のように波打っているダケカンバ。
それらの大きな木々にからみつく、
ツルアジサイの太さも半端じゃない。
ぼくの腕よりも確実に太いぞ。

そんな木々の間から、
宇宙から見た地球の色そのままの空をバックにして、
雪を被った雄阿寒岳が見える。
遠くから、すげええ〜!という、
たいぞうの歓喜の叫びが聞こえる。

木々の間を縫いながら、
なだらかな斜面を、地形のうねり通りに下る。
スノーシューをつけていても、
膝くらいまで沈んでしまうのだが、
下り斜面なので、それが、丁度いいブレーキになる。
時折、先行組のスキーの跡や、
テンやキツネなどの野生動物の足跡を踏みつけつつ、
ぴょんぴょん跳ねるように、下り続ける。

立ち枯れたトドマツの枝には、
空気がきれいなところでしか育たないという、
ふんわりした緑色のコケのようなサルオガセが、
あるかないかの風に揺れている。
ツルアジサイの花が、雪の上に落ちて、
ドライフラワーになっている。
星野道夫が撮ったアラスカの森のような風景だ。

「いやあ、これは、すごいわ。
 屈斜路湖周辺の森には、こんなすごい樹、ないもん。
 阿寒はいいなあ、すごいなあ」

写真を撮るために立ち止まっていると、
たいぞうが近づいてきて、
視線をどこか遠くに向けながら、
すごい、すごい、と、感極まったように繰り返す。
ホント、その通り、異議無し、だぜ。


目の前に、氷結したペンケトーが現れたのだが、
地図では枯れ沢となっている「二の沢」の水が、
ぼくらがペンケトーへ下り立つのを拒むように、
けっこう勢いよく流れている。
水深は浅いのだが、
スノーシューを濡らすと厄介なことになるので、
(裸足になって渡るなんてもってのほかだ)
左手の丘をトラバースする。

歩きはじめてから、およそ45分ほどで、
ちょい強めの風が吹いている、ペンケトーに到着。
360度、見渡す限り原生林に囲まれた氷上に立つ。
できたばかりのスキー跡を目で辿ると、
スキー先行組の黄色と青のジャケットが、
遥か先に、はっきりと見えるのであった。


つづく

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