女王様、-20度初体験 5

(2002/1/13〜15)



ガスストーブを消すと、みるみる温度が下がり、
テントの底に、たちまち冷気を感じるようになった。
胃の腑を熱くなぞるワイルドターキーのアルコールが、
ゆっくり、ゆっくり、全身にまわりはじめる。

「女王さま、たぶん、外の温度は、
 -15度以下に下っていると思われますが、
 快適に眠るためのアドバイスをさせていただきます」

「本当に、大丈夫なのかしら?」

「きちんとした装備があり、
 きちんとした場所でテントを張る限り、
 外が-30度でしょうが-40度でしょうが、
 死のうと思っても死ねるものではありません。
 ただし、雪女が出た場合には、対処のほど、
 どうぞよろしくお願いいたします」

「私、最近、眠りが浅いのよね」

「今夜はなおさら、生涯忘れ得ぬ、
 特別な夜になりましょうぞ」


アルコールの入ったヒツジ番は、
いつもより、少しだけ冗舌になるので、
ちょっと簡略化したうえで、
これを読んでいるあなたの事前準備の参考になるよう、
アレンジして記したいと思う。

テントには冬用の外張りを使うのが望ましい。
夏用と冬用の外張りでは何が大きく違うか、というと、
通気性、なんですねこれが。
テントの中で煮炊きをしたり、
暖房用のガスヒーターを使ったりした場合、
いちばん怖いのは一酸化炭素中毒。
各メーカーによっても異なるけど、冬用の外張りには、
本体とマッチした通気孔が、
2つくらいはついているはずである。
テントの中に入ったら、換気には十分気を配りたい。

寝袋は、ダウンに勝るものはない。
メーカー表示で-20度以下対応のものがオススメ。
それは、必然的に、人の形に近い「マミー型」になる。
(「封筒型」は襟元が寒いので、単体では冬には向かない)
テントを設営したら、まず、「銀マット」を敷き、
その上にさらにエアマットを敷いて二重にすると、
底からくる鋭い針のような冷気を遮断できるよ。

寝袋のカバーも必需品である。
(できれば、ゴアテックスがいい)
何と言っても、テントの中にも「雪」が降るのだから。
煮炊きをしたときの水蒸気や人の吐く息が、
テントの天井に結露するのね。
で、夜が更けて冷え込んでくるとそれが凍りつく。
風が吹いたり、寝返りを打ったりして、
テントが揺れると、その結晶が落ちてくる、
というメカニズムで「雪」に見舞われるのだ。
-20度の世界で、寝袋を濡らすことは、
命にかかわってくるから要注意である。
(まあ、この場合、どか雪ってことはまずないけど)

それから、寝袋にもぐり込むときは、
アウタージャケットを脱ごう。
もし、どうしても寒いようだったら、
着込むよりも、毛布のように掛けた方が保温性が高い。
(もちろん、寝袋の中で、だよ)

足先が寒いときは、
二重にはいた靴下の間に「ホカロン」を入れるといい。
バックパックの中身を全部出して、
寝袋ごとその中に突っ込むのもひとつの方法だ。

あと、熱湯を入れたアルミボトルや、
今なお現役の白金カイロを抱くもよし、
ネコや犬を入れるもよし。
創意工夫で寒さから身を守ろう。

と、まあ、ここまで書いたのだが、
この駄文の目的は、ハウツーではないので、
「冬期快適キャンプ術」はこのくらいで止めよう。


「さあて、そろそろ、寝ますか」

ヒツジ番がつぶやくと、

「ええ?だって、まだ、8時半よお」

腕時計で時刻を確認した女史が声を上げる。

「はい、それだけ、長い時間、
 睡眠を楽しめる、というものです」

しもべくんが同意する。


テントで眠る場合、ヒツジ番の就寝時間は、
流星観測など、夜に特別の目的がないかぎり、
山だろうが、川だろうが、道の駅の駐車場だろうが、
場所にかかわらず、平均して夜の8時頃である。

類は友を呼ぶ、と言うが、
ヒツジ番周辺には、野外飲酒偏愛人間が多い。
みんな、人工物が一切見えない大自然の懐に抱かれ、
風のささやき、虫の音などを愛でながら、
静かに、でも、たくさん酒を飲みたい、と願う輩である。
(焚き火ができれば、言うことない)

深山幽谷、山紫水明、武陵桃源、風光明媚、
百花繚乱、白砂青松、花鳥風月、春風駘蕩、、、。
思い浮ぶだけの四文字熟語を書き出してみたけど、
まあ、そんなシチュエーションを求めて、
津々浦々を、縦横無尽に闊歩し、
酒池肉林を繰り広げてきたのだ。
(多くの場合、「肉」には見放されたけど)

だから、午後になると、そわそわするのだ。
ようするに、少しでも早く、酒を飲みたいわけさ。
3時を過ぎたらテントを張り、4時には飲みだす。
正確に言うと、夜の8時に就寝するのではなく、
大抵の場合、8時を過ぎる頃には、
出来上がってしまうのである。


とはいえ、酒飲みでもなく、大都会に暮らし、
時間も不規則なライター業を営む女史にとっては、
夜の8時なんぞに寝られるもんですか、
との思いがあるのは当然と言えば当然だ。
思いっきり寒いけど、外は、満天の星空である。
よほどの田舎へ行っても体験できない漆黒の闇がある。
眠くないうえに好奇心を刺激された女史は、

「さあ、これから星を見に行くわよ」。

その言葉を聞いたしもべくんは、
いそいそとアウタージャケット着込み、
ヒツジ番は、寝袋にもぐり込む。
どちらが女史の思し召しめでたいかは言うまでもない。

「私めは、先に休ませていただきます。
 女王さまに、安らか、かつ、全身がとろけるくらいの、
 甘く深い眠りが訪れますようお祈り申しあげます。
 ゴッドセイブザクイーン、おやすみなさいませ」

二人は、またまたヘッドランプを点け、
夜の闇を引き裂き、寒さの海に漕ぎだして行った。


つづく(次回最終回)


「6」を読む  文頭にもどる




ESSAY
HOME