女王様、-20度初体験 6
〜最終回〜

(2002/1/13〜15)



夜中にフッと目が覚める。
案の定、顔の上に、「雪」が落ちている。
寝袋の中に入れておいたタオルを取りだし、
顔を覆うようにかけ、両端を襟元に突っ込む。
何やら、カサカサと音がする。
回転を失った脳の奥底で、
雪が降っているのだ、と認識するかしないかのうち、
またまた眠りに包まれる。
ぐぐぐぐぐぐ、が〜。

明け方、また覚醒する。
カサカサ音は止んでいる。
薄目を開けたら、
目の前にテントがせり出している。
はっきり目を開けると、
テントの天井と下の中間辺りが、
低くなっていることに気づく。
雪の重みで、テントがたわんでいるのだ。
寝袋から右手だけ出して、頭の脇にあるポールをつかみ、
2度、3度、揺らして、積もった雪を落とし、
さらに、テントの脇に落ちた雪を、
テントの内側から、肘で突き飛ばす。
そうこうしているうちにも、
頭の真ん中にブラックホールができたように、
意識が吸い込まれていく。
がががががが、ぐ〜。

冬の「二度寝」は気持ちがいい。
起きちゃったんだけど、また寝るね〜、と
新たな睡眠に入っていく瞬間ね。
く〜、これが快感なんだよね。
テントの中には、
目覚まし時計も、かあさんも存在しない。
しかも、コンディション的には、
快適睡眠の王道中の王道、頭寒足熱である。
く〜、く〜、す〜、す〜。


何やら、話声がする。
聞くともなしに聞いていると、
一人は、しもべくんである。
が、もうひとりは、ミミ女史ではなく、
いがいがしたおっさんの声である。
意を決して起き上がり、
時計を見ると、午前9時を少し過ぎている。
ふふふん、やっぱり、12時間以上も寝てしまった。
テントの外に顔を出すと、
年の頃、60がらみの、
スキーを履いた見慣れないオッサンが立っていた。

雪は、一晩のうちに、30センチくらい積もっており、
われわれの踏み跡はとうになく、
おっさんのスキーの平行線だけが、
林道からテントまでレールのように伸びていた。

おっさんは、営林署の監視員で、
密猟を取り締まっているのだそうだ。
おおかた、国道脇に停めてあった
我がジムニーを見つけたので、
職業意識に目覚めて、やってきたのだろう。
ここは国立公園内なので、
本当の本当ならば、立ち入るのには、
営林署、もとい、え〜、今は、確か、
森林管理事務所って言ったっけか、
まあ、どっちでもいいや、
とにかく、お上の許可が必要なのだ。

一瞬、まずい、と思ったのだけど、
当のおっさんは、そんなこと気にすることもなく、
独立採算制が良くないとか、
国の意識も署員の意識も低いとか、
延々と組織の自己批判をしたあと、

「こんな時期に、こんな場所で、
 テントを張るくらいの人たちだから、
 自然に悪さをするわけないやね。
 まあ、北海道の冬を楽しんでください」

と、言って、去っていった。


朝食のカロリーメイトをかじりつつ、
女史の感想を聞いた。

「近年、稀にみる、いい睡眠だったわ。
 100パーセント完璧、とまではいかないけど。
 蜂蜜レベルではなく砂糖レベルの眠りかしらね。
 でも、やっぱり、少しだけ寒かった」

「だから、ダウンは着ないで、
 上掛けにした方がいいんです。
 ご注意申し上げたではありませんか」

「まあ、それは、次回の課題ね。それより……」

と、続けて女史が語り出した内容は、
驚愕すべき事実を告げていた。

「夜中に、寒くなったから、試しに、
 『さむい』って、言ってみたのね。
 そしたら、しもべが、ガバッと起き上がるのよ。
 すごく小さな声だったのに。
 背中に、ホカロンを張ってもらったわよ。
 今度のことで分かったわ。
 主人の危機に、
 ガバッと起きる人間と、
 グ〜グ〜いびきをかいている人間の、
 二種類がいることを、ね」

「ひえ〜、女王さま、もしかして、
 いびきをかいている人間って、
 私めのことでございましょうか?」

「他に誰がいるの?」

熱いコーヒーを手にしたしもべくんは、
薄曇りの空を見上げて、
口の端で、少しだけニヤリ、としたのだった。
しもべくん、恐るべし。


数日後、ベトナムにいるミミ女史から、メールが入った。

「熱帯も思ったほど悪くないわ。
 今決めたのだけど、
 次の冬は、流氷の上でテントを張るわよ」


了。

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