ドクツルタケ

(8月下旬 足寄町にて)




dokutsurutake



温暖多湿で森林が多い日本には、
4000種類とも5000種類ともいわれるほどの、
たくさんのきのこがあるらしい。

そのうち、うまい、まずいは別にして、
食べられるのは300種類くらいで、
誤食したら命にかかわる、という猛毒のきのこも、
10種類くらいあるとか。
(中毒を起こす「毒」きのこはもっとたくさんある)

「縦に割くことができたら無毒」
「なめくじや虫に食べられていたら安全」
「茄子と一緒に煮れば食べられる」
などという、
民間伝承的な「きのこ鑑別法」は、
断言してしまうけど、嘘だからね。

確かに、塩漬けにして保存したり、
茹でこぼしたりすれば毒が抜けるきのこもある。
だけど、結局のところ、毒か無毒かを判断する、
「きのこの公式」は存在しないのだ。
安心してきのこが食べたいなら、
詳しい人に教えてもらうなり、図鑑で調べるなり、
ひとつずつ地道に覚えていくしかないのである。


さてさて、ドクツルタケであるが、
その名の通り、猛毒である。
またの名を「殺しの天使(Destroying Angel)」。
おお恐ろしや。

8月中旬から9月下旬にかけて、
北海道の森を歩いていると、
赤いきのこと、白い大型のきのこをよく目にする。
赤いきのこの代表が、チシオハツやドクベニタケで、
白いのが、ドクツルタケである。

ドクベニタケ(名に反して毒はそんなに強くないらしい)や
ドクツルタケを初めて見た人に、

「これ、食べられると思いますか?」

と、質問すると、
裏の裏を勘ぐって「可食」と答える人もいるが、
ほとんどの人が「ダメ」と言う。

多くの人にとって、食べられるきのこのイメージは、
ほとんど定着しているように思われる。
つまり、シイタケやシメジやマツタケなどに共通する、
茶色灰色系の暗い色をしたきのこの方が、
派手な色合いのきのこよりは安全そうだ、と。

だから、真っ赤だったり真っ白だったりするきのこは、
本能的、とまでは言わないにしても、
もしかしたら危ないかなあ、なんて警戒するみたい。
とりあえず、ドクツルタケに関しては、
その勘は正しい、と言える。


その毒の威力といえば、
日本のきのこの中でもトップクラス。
猛毒中の猛毒である。
ある事故報告によれば、
人さし指くらいの量で、大人3人が亡くなったとか。

詳しいことは図鑑などに譲るが、その毒成分は、
・ファロトキシン類、
 (即効性。膜を特異的に破壊する)
・アマトキシン類、
 (遅効性。前者の10倍も毒が強い)
・ビロトキシン類
 (たんぱく質合成を阻害し、細胞を破壊する)
と言うものである。

シロウトには何が何やら分からないが、
症状としては、細胞を破壊し、
肝臓、腎臓に重大な障害を与えて死に至らしめるらしい。
さらに、このきのこの恐ろしいのところは、
「ダブルフェイント」を使うことなのね。

食べてから、発症までに、
6〜24時間くらいかかるらしい。
たとえば、夕飯に食べたら、翌日になってから、
ものすごい腹痛、嘔吐、下痢、などが始まるわけ。
この時間差がひとつ目のフェイント。

まあ、症状が出た時点で、普通は、
救急車を呼ぶなりして、病院へ行くわな。
病院では、脱水症状を抑えるとかの処置をする。
すると、一時的に回復の兆しを見せる。
で、峠を越えたか、と思わせたところで、
症状がぶり返して、はい、さようなら。
2、3日でほぼ確実に死んでしまうらしい。
治った!と思わせる2度目のフェイントは、
本当、洒落にならんなあ。


しかし、それにしても、ドクツルタケは、美しい。
汚れを知らぬ純白の、「かさ」。
柄は、真っ白いマントのような膜状の「つば」を持ち、
「ささくれ」があることで、
上等の絹で織りなしたような文様を描き出す。
昼なお薄暗い針葉樹の森にあって、
その白く美しい姿は、
舞台に立った女優のように人々の視線を集める。
鑑賞に堪え得るきのこのベスト10に挙げたい。

ちなみに、ささくれが無いだけで、
このドクツルタケとそっくりの、
シロタマゴテングタケってのも、
まったく同じ毒性があるので要注意のこと。


とにかく、
いかにもきのこっていう形をした、
白くて大きいきのこは食べないこと。
それよりも何よりも、
知らないきのこは食べないこと。
死にたくなければ、これ、鉄則です。


参考文献
「日本のきのこ」(山と溪谷社)
「東北のきのこ」(無明舎出版)
「きのこの不思議」(光文社文庫)
滋賀大学教育学部WEBサイト 情報提供データベース
ほか



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