さすらう、雨男 2

(2001/7/23〜26)




7月25日

やっぱり、雨。
それにしても、今年の北海道の夏は、
涼しい、を通り越して、寒いぞ。
ここ数日は、最高気温15度、最低気温10度そこそこ。
内地の猛暑にあえいでいる皆さまに、
涼しさを半分おすそ分けしたいようだぜ。
気象庁は認めないかもしれないけど、
こりゃあ、どう考えても、梅雨以外の何物でもない。
「蝦夷梅雨」って奴だ。
異常気象の余波が押し寄せている、ってことでしょうな。
2日間ずっと降り続いている雨の影響で、
十勝や日高の川は、増水また増水の、大増水である。

我々の当初の目的は、7月25日〜29日の期間に、

1.日高幌尻岳七つ沼カール停滞・大撮影大会

2.カムエク〜コイカク縦走
 ハイマツ大薮対人間の極限ウオーズ

3.エサオマントッタベツ岳&札内岳
 清流&ナメ滝堪能の沢攻め

のいずれかのコースを、そのときの気分で決め、
日高の山々を心ゆくまで堪能するつもりであったのだが、
これだけの大雨が続いた後では、
沢を攻める登山は、どう楽天的に判断しても、
とうてい諦めざるを得ない状況だった。
(トムラウシ山の東大雪通常ルートで沢が増水し、
 登山者数名が流されて死傷したのもこの日だ)


で、我々は、どこへ向かったのか?
フフフ、泣く子も黙る、ペテガリ岳さ。
(地元の山岳会では“ペテカリ”と呼んでいる)
この名前は、当然アイヌ語がもとになっており、
ペッ・エ・カリ(川がそこで回っている、の意)
がその語源である。
標高こそ1736mほどであるが、
その堂々とした山容と、行程の厳しさが相まって、
かつては「遥かなる山」と称された中部日高の雄、
知る人ぞ知る岳人のあこがれの山なのだ。

日高山脈をくし刺しにして、
十勝地方の大樹町と日高地方の浦川町(たぶん)を結ぶ、
国道236号は、快適な山岳ドライブルートだ。
走行距離12万キロを超えた我がジムニーは、
登り坂に差し掛かるとエンジンが苦しそうにうめくのだが、
雨粒を蹴散らし、快調に突っ走る。
北海道一の長さを誇る野塚トンネルをくぐると、
競馬ファンが感涙にむせぶ、大馬産地帯。
今年誕生した若駒が走り回っている姿を見るのは、
このルートならではの醍醐味である。
躍動するような瑞々しい生命の力に、
感動を覚えずにはいられない。

我々はここで一度太平洋に抜け、
静内の街で食料品と大量のビールを買い込んだあと、
(静内のサティーには、酒が置いてない。許せん!)
再び北に向かい、縦貫工事継続中の、
道道71号・通称日高横断道の、静内〜中札内線へ入る。
およそ30分進み、静内湖の手前に差し掛かったとき、
道路情報を伝える電光掲示板があった。

『道道静内〜中札内線、静内湖の先から通行止め』

人の神経を逆なでする、その赤い字を読んだ時、
頭の隅の方で、ものすごくはっきりと、

「ちゃん、ちゃん」

というフィナーレが響き渡り、体中から力が抜けた。

おいおい、去年の秋にようやく、
ペテガリ山荘まで行けるようになったんじゃあ?
え?オラ、何とか言ってみろよ!
コノヤロー、なめやがって……。
思わず、悪態が口をついて出てしまう。


「実際に現場まで行ってみれば、ジムニーの駆動力で……」

「無理でしょう」

と、しもべくんは、即座に、あっさりと、否定する。

「車がダメなら、歩いて行きますか」

「非現実的ですね」

「確か、ダム湖の反対側にも、道路なかったっけ?」

「地図上では迂回不可能です」

諦めがつかずに、そのままたらたらと進むと、
案の定ゲートが閉まっていて、ジ・エンド。
建築現場の詰所らしき建物があったので、
中の人に話しかけたのであるが、
道路がいつ復旧するかなんて見当もつかないという。
多少の雨は覚悟していたけど、
通行止めでは、どうしようもない。


ペテガリ岳がダメだとすると、やっぱり、
当初の予定通りに日高地方に登山口がある
日高幌尻岳に登りたいのはやまやまだが、
沢が思いっきり増水してるだろうことは、
火を見るよりも明らかである。
協議の末、我々は、次なる針路を、
ペンケヌーシ岳に決めた。
(ペンケ=上流の、ヌー・ウシ=豊漁の、の意)
同じ林道からアプローチするチロロ岳の方が、
どちらかというと登り甲斐があるのだが、
二つの異なる沢を登り詰めることになるので、却下。

ペンケヌーシ岳は、日高山脈のほぼ北の外れにある、
標高1750mほどの初級レベルの山である。
でも、展望はいいし、高山植物だって見られるし、
きれいな沢を……、
あ、ペンケヌーシ岳にも、前半部に沢があったんだった!
まあ、最初にほんの小さな川を徒渉すれば、
あとはちょろちょろの滝をよじ登るだけだから、
問題ないさ、きっと……。

「沢」という単語が出てきた時点でもう、
登山は無理だと朝から分かってたはずなのに、
どうして行くことに決めちゃったんだろう?
すべては後の祭りなんだけど、馬鹿だねえ。
ま、話を進めることにしよう。


登山口へ行くには、現在地の静内町から、
距離にして約120キロ、時間にして2時間余りの、
日高町中心部まで足を延ばさなければならない。
さらには、森林管理組合に入山届を提出し、
林道ゲートの鍵を借りなければならないのだ。
雨が止むことだけを願ってひたすら車を走らせた結果、
閉まる間際の森林管理組合に駆け込み、
林道ゲートの鍵をどうにかゲットすることができた。
ふう。

国道274号を帯広方面に向かって進み、
途中から林道に分け入ると、すぐにゲートがある。
ネズミ色の雲の間から青空が顔を見せたのもつかの間、
林道をいくらも進まないうちに、
突然、雷を伴った土砂降りになった。
この雨は間違いなく夕立だと思われるのであるが、
道から見下ろす清流・パンケヌーシ川
(「ペンケ」ヌーシ川ではない)は、
すでに、茶色の濁流が山肌を削り取る、
暴走暴力河川と化していた。

「ちょっと水量が多いんじゃないですかね」

低く、重く、うめくように、
“金づち”のしもべくんが言う。

「多いどころじゃなく、いつもの数倍はありますね」

「明日までに、この水、引きますかね」

「さあ、多分、無理じゃないすか」

「しかし、あの森林管理組合の職員、
 川がこんなだなんて言わなかったですね」
 
「きっと、川は管轄外なんでしょう」

会話の虚しいことといったらない。
神経をピリピリさせながらも運転に集中し、
どうにかこうにか登山口に到着した。
すぐ脇に、落差10メートルほどの滝があるのだが、
それがまあ、今日に限って言えば、すごい迫力なのだ。
土砂をたっぷり含んだ水をこれでもかって吹き出し、
ちょっとした地響きが感じられるほど。
あまりの光景に、思わずカメラと三脚を取りだし、
雨をものともせず、撮影に熱中してしまった。

しかし、明日の登山を決行する気力は、
ほとばしる茶色い水の飛沫に乗って、
どこかに霧散していったのも事実。
我々は再び、さまよえる登山者と化したのだった。
真っ暗だけど、時間はまだ夕方の5時過ぎ。

「日高がダメなら、大雪へ行こう!」

決断は早かった。


日高町から富良野、旭川を経由して、
夜の9時を過ぎるころ、
夏の観光客で賑わう層雲峡温泉にたどり着いた。
空を見上げれば、ところどころで雲が切れて、
ぼちぼちと星が見えているではないか!
移動距離約600キロ、移動時間13時間をかけて、
ようやく「晴れ間」に行き着いたわけである。
(しかも、ぼくは、2日前にも、ここに来ているのだ)
例によって、黒岳ロープウエイの駐車場が今夜のねぐら。
テントを張り、下戸のしもべくんのあきれ顔を無視して、
たっぷりビールを飲んで、就寝。
本当に長い1日だった。


つづく

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