楽園ペンケ&パンケで、地獄の筋トレ 3

(2003/2/28)



パンケトーに向けて、再び歩き出す。
基本的には、下ることになるので、
スキーを履いた、
ブルーホリック嘉藤と、ファームス蔵崎が、
すすす、さ〜、しゅ〜、と先行する。

傾斜と、地形と、樹の間隔を計算しながら、
自分が進む方向を、ほぼ瞬間的に決めながら歩く。
この判断をちょっとでもミスると、
すっ転んで雪に埋まったりするハメになるのだ。

これが、山歩きのツアーか何かであれば、
先頭を行くガイドが、
最良の道を選んでいるうえ、
雪もしっかりと踏み固めているから、
足跡(スキー跡)の後ろを、そのまま辿れば、
安全で、しかも、歩きやすい。
しかし、今日の連中は、ひとたび仕事を離れると、
「冒険」とか「探検」とかと称して、
好んで危険地帯へ入り込む輩ばかりだし、
何故か、人の助けを嫌う傾向があるので、
やはり、進む方向は、バラバラなのであっった。

前を行くスノーシューの足跡が、
2mくらいずり落ちていたりすると、
ああ、やっぱりオレの判断の方が勝ってるよなあ、
などと、ニタリ、ニヤリ。
そうして、調子にのっていると、
樹の根元のすぐ近くを歩いて、
片足をズボリと腿まで落としてしまう。
ははは、やっぱ、同じレベルか。


見晴らしのいい平原や、氷結した湖上など、
比較的楽な場所を歩いている時はそうでもないが、
こういう、沢沿いの傾斜地みたいな、
危険ランクが2つくらい上がるところを行くと、
「本能」がだんだん目覚めてくるのが分かる。
感覚が研ぎ澄まされる、というか、
ちょっとした変化にすごく敏感になるのね。

例えば、視界のはじっこの方で、
木の枝から雪がさらら、と落ちたりすると、
考えるよりも早く、顔がそっちを向いてしまう。
それまで自分の足音しか聞こえなかったのに、
はるか遠くの小さな流れらしき沢音が耳に入る。
樹の種類によって、
その周りの香りが微妙に違うのに気づく。

うちで飼っていた犬だってさ、
街中のいつもの散歩コースじゃなくて、
山の中に連れて行くと、
顔つきがなんとなく違ってみえたものなあ。
きっと、ニンゲンだって、イヌだって、
野生の本能は死んでいない、ということさ。

実は、これを書いているいま、
十分に周りの景色を堪能した(はずの)、
双湖台からペンケトーへの道程よりも、
景色を見る余裕がそれより少なかった、
ペンケトーからパンケトーへの下りの方が、
鮮やかに記憶を呼び戻せるのである。


前を行っていた連中が、立ち止まっている。
それで、思い出した。
そう、この沢筋の右岸には、
地図に出てない、小さな流れがあったのだ。
(さっきから、沢音がしてるじゃないか)
幅は、2mくらいなのだが、
沢の窪みと積雪のおかげで、深さが3m近くある。
左右に目を凝らすと、
木が倒れ込んで「橋」になっているところがあった。

こういうときは、
まず、若いもんから行くもんだ、と、
21歳のクラッシャー岳が指名され、
(あとはみんな30代のおっさんだ)
「自然の掛け橋」に挑む。
樹の根元が出るまで1mほど雪を踏み固めたあと、
両手を水平に掲げ、慎重に渡る。
案外、簡単そうだ。
まあ、落ちて、死ぬわけじゃねえしな。

こういう時、困るのが、スキー組。
スキーを脱いだとたんに、腰まで雪に埋まり、
アイゼンがないから「橋」を渡るときにも、
おっかなびっくりの腰砕け。
落ちろ!落ちろ!
ぼくは再び念じたのだが、願いは叶わなかった。


ようやくパンケトーに到着。
ほっとしたのか、疲れたのか、
みんな、湖上に出たとたん、立ち止まって、
談笑&休憩モードに入ってしまった。
仕方なく、ぼくだけ、写真を撮るために、
雄阿寒岳が見えるところまで歩いていった。

湖の中心部に向かって、
ほんの、200mくらい歩くと、
西側のトドマツの森の上に、
雄阿寒岳の白い頂が、2つ見えてきた。
(ペンケトーからの眺めとは、形が全然違う)
右のピークは、標高1355m、
左側の、ちょっと高い方が、
正真正銘、1371mの、頂上である。

パンケトーは、
ほぼ真西に向かうように湾曲しているために、
ぼくが立っている場所からだと、
全体の3分の1くらいしか見ることができない。
このまま真っ直ぐ歩き続ければ、
イベシベツ川経由で阿寒湖まで行けるのだが、
それはまた、別の機会に挑戦したいと思う。

湖の周りは、標高が低い部分が、
トドマツとダケカンバの針広混交林、
ちょっと高度を増すと、
ダケカンバの極相林であるようだ。
それにしても、見えている範囲だけでも、
ペンケトーより遥かに大きく感じられる。

ちょっとうろ覚えなのだが、
以前、前田一歩園に勤めていた人の話では、
阿寒湖周辺には、冬になると、屈斜路湖方面から、
ものすごい数のシカが集まってくるらしい。
で、大移動のルートが大まかに2つあって、
その一つが、ペンケ・パンケ周辺経由で、
雄阿寒岳の南斜面をトラバースするらしい。
そんな風景を、ぜひ一度、見てみたいものである。


みんなのところに戻り、

「じゃあ、パンケトー上陸記念いうことで、
 一発、乾杯と、いきますか」

と、バックパックから、ビールを取り出す。
気温がマイナスだろうが何だろうが、
ビールを欠かすことはできないのだ。

「うほっ、待ってました」

「いいっすねえ」

「あ、やっぱり、出ますか」

と、3人が喜々とした顔を見せたのに反して、
ノーザンパイクたいぞうだけが、
いつものノリを見せない。
そう、彼は、先日、みんなで酒盛りをしているとき、

「ダイエットをするぞお!
 おれは、3月10日まで、酒を飲まないぞ!」

と高らかに宣言していたのだ。

「そんな、できもしないことを」

と、みんなに言われると、

「いや、絶対に、やってみせる」

と、豪語しちゃったんだよなあ。

プシュっ、という缶を開ける音。
ゴッ、ギュッ、ギュッ、というノドが鳴る音。
プハ〜、ゲフッ、という満足の笑顔……。
その現場にいて、ビールに心が動かない奴は、
はっきり言おう、ニンゲンじゃねえ。

「うう、ああ、あぁ、ぁ」

たいぞうは、
「千と千尋」に出てたカオナシのように、
口を半分開けたまま、言葉が言葉にならない。
ビールをぐいぐい飲み、
歓喜の涙を目じりににじませた嘉藤は、

「ふ〜、うめえなあ。
 あ、そっか、たいぞうくんは、
 確か、禁酒中だったねえ」

と、からかう。

「うわっ、ホント、うめっ。
 たいぞうさんは、飲まないんですね」

と、岳が、問い掛ける。

「いやあ、大変ですねえ。
 こんな時でも、ビール、飲めないんですか」

心から同情するように、蔵崎がつぶやく。
ぼくは、年長者らしく、
たいぞうに、助け船を出した。

「ホラ、これ、飲んでいいよ。
 これは、ビールじゃないから、うん。
 これは、命の水、山の必需品だ。
 いいから、飲めよ」

「出たあ、命の、水だあ」

嘉藤が、うれしそうに言う。

「そうですよねえ、
 せっかく、ここまで来たんですからねえ」

と、言うが早いか、たいぞうは、
うぐうぐうぐ、しゅ〜、と、
一息の限界まで飲み続け、

「ウッ、メ〜」

と、叫んだのであった。
全員、黙認。
山男のナサケ、である。
とにかく、この時のビールは、
本当に、うまかった。
いつもそう言ってるじゃねえかって?
いいじゃねえか!


帰り道は、同じルートをそのまま戻る。
スキー組は、ここからが、正念場である。
いくらストッパーがついているとはいえ、
山スキーでの登りは、辛い。
嘉藤は、ほとんど勢いだけで、
板を逆ハの字にして力任せに登り、
蔵崎は、右へ左へと大きく移動して、
傾斜を緩めることに躍起である。
スノーシュー組と、スキー組の
アドバンテージが逆転した。

先程の下りでちょっと躊躇した沢に出る。
たいぞうは、何を思ったか、
「橋」とは別のところで、
勢いよく助走して、ポン、とジャンプした。
そして、我々の期待通りに、
見事に玉砕したのだった。
いわば、バンカーの「アゴ」に突き刺さった、
ゴルフボール状態である。
やるなあ、あいつ。

みんなで笑いながら見ていると、
奴は、まず足下を踏み固め、
さらに足を上げて、膝、腰の部分を踏み固め、
両手のストックを雪に突き刺し、駆け上がる。
しかし、甲斐なく、ズズズ、と落ちる。
またまた、同じようにもがく。
ズズズ、と、ズリ落ちる。

繰り返しているうちに、
コツをつかんだのか、
5回目くらいのチャレンジで、
ようやく沢を越えることができた。
めでたし、めでたし。


傾斜はキツイが、行程はタカが知れているので、
30分後には、再び、
ペンケトーの北端にたどり着いた。
時刻は、11時。
日当たりはいいし、風もさえぎられているし、
ここで昼飯にする。

雪を掘り、ガスストーブをセット。
大ナベに水を入れ、暖めると同時に、
どんどん雪を放りこむ。
雪からお湯をつくるのは、
案外、時間がかかるのだ。

と、白一面の湖上に、
こっちに向かってやってくる人影がある。
山スキーをはいて現れた、
年のころ60くらいのオヤジは、
(双岳台から来たらしい)
なんと、蔵崎の知り合いなのだった。
いやいや、北海道なんて、狭いもんだねえ。
しかしながら、このオヤジ、
あそこへ行ってきた、ここも攻めてきた、
と、延々と自分の自慢話ばかりするので、
辟易してしまった。
最後には、知り合いという都合上、
蔵崎しか相手をしてなかったぞ。
それにしても、オヤジ、しゃべり過ぎだ。
たいぞうが、悪魔のような形相で、
咳払いをしても、なかなか去ろうとしないとは、
それはそれで、すごいことかもな。

さてさて、山での昼飯、と言ったら、
そりゃあ、当然、日本が世界に誇る、
インスタントラーメンですわ。
(夏は、臭うので、クマが怖いが)
お湯が煮立つまでは、それぞれが持参した、
おにぎりやらサンドイッチをほお張る。
もちろん、ここでも、ビールの回し飲み。

そろそろいいか、と鍋のフタをとると、
大量の水蒸気が澄んだ空気に吸い込まれていく。
そりゃあ、登りで汗をかいたから、
すごく薄着になってるけど、
当然のことながら、気温は、氷点下だもの。

岳が、箸を忘れた、というので、
ナタを渡して、枯れ枝でつくらせる。
ラーメン、完成。
箸を奪い合い、鍋から直接、すする。
いやあ、これがまた、うまいのなんのって。
鍋を雪の上に直接置いたので、
みるみるスープが冷めてくる。
猫舌のぼくにとっては、
かえって、ありがたい。

とにかく、はあ、大満足だ。


つづく

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