マツタケ

(9月上旬)




matsutake



キノコは、植物のように光合成ができない。
生きるためには、有機物を吸収して、
栄養をとらなければならないのだが、
その摂取方法によって、おおまかに、
次の3つに分類することができる。

・動植物などの遺体を酵素的に分解する(腐生菌)
・動植物と共生的に生存する(共生菌)
・動植物に寄生する(寄生菌)

ちなみに、マツタケは、共生菌である。
アカマツなどの樹木の根に外生菌根を形成して、
その樹木から炭水化物をもらい、
代わりに、樹木が、リン酸、窒素、水など、
必要な養分を吸収するのを手伝う、という訳だ。

菌の「根っこ」が残ってさえいれば、
マツタケは、毎年同じ場所(シロ)に生えてくる。
ひとつのシロの寿命は数十年とも言われ、
一度マツタケを見つけたら、その場所で、
かなり長い年月にわたり、採取できるのである。


ぼくと、相棒のキノコ小僧は、
朝6時くらいから山に入り、
果実酒とジャムをつくるための、
コケモモとガンコウランを採っていた。
ふと周りを見渡すと、
キノコ採りらしいおっさんが、
3、4人ほど、薮を漕いでいるのが見える。

「あれ、マツタケ採りだぜ、きっと」

「そんなに簡単に採れるわけないですよねえ」

その時点では、ぼくらは、
そんな会話を交わしていた。

そこかしこにたくさんのガンコウランがあるのだが、
同じ場所で採りすぎないようにするために、
絶えず動き回わるように心がける。
すると、なぜだか分からないが、
上へ上へと移動しているんだよね、これが。

ふと、見上げると、
トートバックの2倍くらいありそうな、
布製で縦長の袋を下げたおじさんが、
こちらに向かってきていた。

「おはようございます。採れました?」

「ああ、おはようございました。少しね」

「少しって、マツタケですか?
 ちょっと、見せてくださいよ」

「ああ、いいよ」

おじさんが袋から取り出したのは、
かさの直径15センチ、全長20センチくらいの、
まぎれもないマツタケだった。
永谷園のお吸い物のような香りもある。

「きみらも探してみたら。この辺にもあるよ、きっと」


おじさんの発したこのひと言が、
ぼくらの浅ましい心に火を点けた。
きっとおじさんには、
上目遣いに中空をにらむ二人の男の間に、
(マツタケ=高価=大儲け)
という吹き出しの文字が見えたに違いない。

ぼくらは、ニタリ、と笑い合うが早いか、
おじさんがやってきた方向へと向かった。
すこしだけ間隔をあけて、薮を漕ぐ。

「そんなに簡単にあるわけない、よ、
 あ〜、あったああ!!」

思わず叫んでしまったね。
なるほど、マツタケは、こういう風に生えているのか。
じゃあ、同じような状態のところを探せば……、

「うおお、またあったぞお!」

少し離れたところから、
キノコ小僧も興奮気味に叫んでいる。

「こっちにもありましたあ!!」

ぼくらは、30分後に合流したのだが、
なんと、二人合わせて、
10本ものマツタケをゲットしていた。
しかも、さっき、おじさんが見せてくれたやつより、
数段でかいやつばかりだ。

matsutake



昼前に事務所へもどったぼくらは、有頂天。
鼻の穴を大きく膨らませながら、

「あ、今日は、もう仕事しないから」

「夕方5時になったら、炭火の用意をしてね」

「あ〜あ、のどが乾いたなあ」

などと、ニヤついた顔を隠そうともせず、
たわ言を吐き続けた。
その場にいた連中も、その時ばかりは逆らえずに、
はいはい、と素直にうなずくのみであった。

いつの間にか、事務所の中は、
大袈裟でもなく、本当に、業務に差し支えるほどの、
うんこ臭いようなマツタケ独特の香りで一杯になった。


で、炭火焼きにして食べましたよ。
ちょっと焦げ目がついたら、醤油をひとたらし。
フ〜、フ〜、あつあつあつ、かぷり。
思いっきり厚切りにされたマツタケは、
口の中で、さらに香りが立つ。
しゃきしゃき、さくさく、とした歯ごたえもグッド。

しかし、感動があったのも、最初だけ。
2枚、3枚と食べるうちに、飽きてくる。

「おいおい、そこの隅のやつ、黒焦げだよ」

「じゃあ、炭の中に落としちゃえ」

これを読んでも、けっしてぼくに、
殺意なんか抱かないようにね。
そんなに欲しかったら、
今度、嫌っていうほど食べさせてあげるから。

初めて食べるというスタッフもいたのだが、
反応は、往々にして、

「マツタケってこんなもんか」

「天然ホンシメジの方が数倍うまい」

だった。
やっぱり、マツタケは、自分で食べるより、
人に高く売った方がいい。


『サライ』に代表されるおっさん向け雑誌は、
毎年秋になると、必ずマツタケ特集を組むよね。
それを読んだ小金持ちはマツタケを買い込み、
金持ちは広島やら京都までマツタケを食べに行き、
一般庶民はため息をつく……。

最近では、コイズミくんが、北朝鮮を訪問した際、
キムくんからお土産に大量のマツタケを貰った、
なんてことが週刊誌ネタになったりしている。

なぜ、キノコの中で、マツタケだけが、
かくも日本人を熱くさせるのだろう?
そんなにうまいかあ、マツタケ。
あの香りにそれほどの魅力があるかあ?
トリュフを崇めるフランス人も、
キヌガサダケに価値を見いだす中国人も、
一般人レベルでは、たかがキノコに、
そこまでは熱くならんだろう、きっと。

へっへっへ、強気の発言をしちゃったけど、
それもこれも、
大量のマツタケをゲットし、
大量のマツタケを食べたが故さ。

じゃあ、なぜ人はマツタケを崇め奉るのか?
考えるに、きっと、香りでもなく味でもなく、
(もちろん、味覚的に優れているけどさ)
値段が高い、ということなんだろうな。
みんなが意識しているのは、
記号としてのマツタケに違いない、
と思う今日この頃なのであります。

ちなみに皆さん、このマツタケ、
いくらだったら買ってくれます?


参考文献
「日本のきのこ」(山と溪谷社)
「東北のキノコ」(無明舎出版)
「キノコの不思議」(光文社文庫)
ほか



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ESSAY
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