女王様、-20度初体験 4

(2002/1/13〜15)



後ろ髪を引かれつつ、重い腰を上げた3人組は、
先程見つけた、エゾモモンガの巣に向かった。

手のひらに載るくらいちっちゃくて、
身体に不相応なくらいクリクリした大きな目をしていて、
柔らかそうで、温かそうで、
シャツの胸ポケットに入れておきたい!と思うほど
かあいいももちゃんとの対面に、期待が膨らむ。

大きなトドマツにある巣を見上げること、
10分、
15分、、
20分、、、
30分、、、、
あれ?
辺りはもう、真っ暗である。
残念なことに、我々3人は、
ももちゃんにフラれてしまったようだ。


風をさえぎることができて、
さらに、平らな場所を求めた結果、
林道からシカ道へ踏み入れて数分、
ヒョウタン沼の北のほとりに、
理想通りのキャンプ地を見つけた。

さて、テントの設営である。
まずは、スノ−シュ−で、周囲を踏み固める。
アクリルケ−スに入れて飾っておきたいような、
典型的北海道的パウダ−スノ−なので、
圧雪する、というよりは、
雪をこねくり回す、という感じなのだが、
根気よく作業を続ける。

雪がやや締まってきたところで、
今度はスノ−シュ−を脱いで、
同じ作業の繰り返し。
忍耐、また、忍耐、なのだが、
これを経ずして、おいしいビ−ルにはありつけない、
いや、違った、快眠を得られない、のである。
3人が隊列をつくって黙々と足踏みをする様子は、
考えてみれば、すごく異様だよなあ。
黒魔術のミサを始めるまえの儀式みたい。

20分ほど踏んで、地ならしは終了。
無事、テントを張ることができた。
時計を見ると、夕方5時を少し過ぎたところだ。
そうなれば、ヒツジ番にとってのビ−ルタイム、
他2名にとっての夕食だ。

野宿に貴賎なし、何事も経験、ということで、
箸より重いものを持ったことがない女史に、
ガソリンスト−ブのポンピングをしてもらう。
やはり、氷点下15度くらいの野外で使うには、
ガススト−ブでは心もとないからね。

ここで、北海道上陸後、2つめの破壊が起こった。
(最初の破壊は、ジムニ−のトランスファ−である)
ガソリンスト−ブは、
おおまかに言うと、スト−ブ本体と、
ガソリンを入れるボトル部分に分かれるのだが、
そのボトルのふたとポンピング装置を兼ねている、
プラスチック部分を支える「ツメ」が、
折れてしまったのだ。
燃料は漏れるし、ポンピングもできない。
つまり、ガソリンスト−ブが、
まったく使い物にならなくなってしまったのだ。

さあて、どうする?

「まあ、仕方がありませんね。
 今夜は、ビ−ルとお菓子で我慢しましょう」

と、怠け者代表のヒツジ番。

「直らないの?え〜、なべ焼きうどん、
 楽しみにしてたのにい」

と女史。
その言葉を聞いて、意を決したように、
しもべくんが口を開いた。

「ここから、国道脇の車まで、
 どのくらいの時間がかかりますか?」

「は?いや、え〜、30分弱、という感じでしょうか」

「車には、ガススト−ブ、積んであるんですよね」

「はあ、仰せの通りですが」

「ぼくが、取ってきます」

「今から、ですか?」

「今から、です」

しもべくんが準備を始めると、
何と、女史も行くと言い出した。
荷物を下ろし、テントを張って、
目の前にビ−ルがあるのに、、、。

「先に、ビ−ル飲んでいていいですから」

と、しもべくんが、
ヒツジ番の心を見透かしたように言う。

「おあずけ!」

と、女史がにらむ。

「不肖・ヒツジ番、
 おあずけ、で留守番をさせていただきます」

ナイトハイクだあ、と、二人は、
けっこう楽しそうに、闇の中に消えていったのだった。


待つこと、45分。
テントの薄いビニ−ルの向こうに、
2つのヘッドランプの灯が写った。

「思ったよりも、近かったです」

「面白かったあ」

と、ガススト−ブを手に、2人が戻ってきた。
昼に1本飲んでしまったので、
目の前に並べた残り4本のサッポロクラシックが、
がぜん輝きだした。

二人が出かけている間に、
宴会の会場を、外からテントの中へ移し、
メインディッシュの冷凍なべ焼きうどんも、
全部袋から出して並べてある。
あとは、雪からお湯をつくるだけである。

女史の、「よし」という声とともに、
プルトップを引き上げ、ぐびぐびぐびと、
ビ−ルを半分ほど飲み干す。
この瞬間、この味がたまらないのである。
く〜、うまい!

下戸のしもべくんは、例によって、
超小型缶のビ−ルである。

お湯が沸き、テントの中の、もやが濃くなると、
3人の吐く息も白くなくなっていく。
ヘッドランプで照らした先の、
ガススト−ブ上のなべ焼きうどんを見つめながら、
ビ−ルを、1本、2本、と飲み進める。
アルミ容器に入った一人前のうどんができあがると、
めいめいの器に取り分け、
はふはふ、ずずず、とすする。
これを、3回繰り返し、ようやく一段落。

ヒツジ番は、ビ−ルの次に、
とっておきのワイルドタ−キ−12年を飲み始め、
ほかの二人は、コ−ヒ−の準備をする。
換気のために、テントの入り口を大きく開け、
空を見渡すと、こぼれるような満天の星。
底冷えの空気が、火照った顔に気持ちいい。


つづく


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