女王様、-20度初体験 3

(2002/1/13〜15)



ヒョウタン沼の雪原は、
もちろん「貸し切り」である。
雪と風がつくりだした造形美に心を打たれ、
青空と白いダケカンバのコントラストに目を奪われ、と、
寂しいようでいて、実は豊な自然に感動することしきり。
我々3人は、菓子パンやおにぎりの昼食を食べたあと、
しばし無言になり、自分の世界に浸ったのであった。


冬の北海道にこそ、
野外テント泊最大の楽しみが凝縮されている、
というと、多くの人は怪訝そうな顔をする。
東京の冬だって寒くてイヤなのに、
−20度の北海道で野宿(!)をするなんて、
一体全体おまえは何を考えているんだ?
という疑問を持つのは、まあ当然だろう。

前人未到のピ−クを攻める、とか、
野生生物の行動を追う、とか、
凍てつく原野の写真を撮る、とか、
それなりの目的があれば、
おお、頑張ってるなあ、と、
みんな納得するのだろうけど、
生憎、そんな高尚なことをしているわけでもない。
じゃあ、なぜ、好んで真冬の原野に飛び出すのか?

その理由のひとつは、
ズバリ、眠るためである。
頭の上に、「?」マ−クが、
5つくらい浮かんだ人もいるかもしれないが、
そうなのだから仕方がない。

ここで真冬の原野で眠る快感について考察してみよう。


実は、しもべくんとは、過去2回ほど、
真冬の原野に繰り出し、夜を共にしたことがある。
(変な意味に取るなよ!)
最初は、日本100名山にも選ばれている、
東大雪のトムラウシ山のふもとでテント泊。
2回目は、もう1人の友人を加え、
日高山脈の北端、通称・日勝ピ−クで、
雪洞を掘って泊まった。

しもべくんはプロカメラマンであるからして、
朝日に輝くトムラウシ山の雄姿を撮るぞ、
日高山脈の日の出をモノにしてやるぞ、
と、ハナの穴を広げてやる気満々だったのだが、
結果的には、どちらの写真も撮ることができなかった。
そう、深く甘い眠りに包まれて、
起きられなかったのである。

東京からわざわざ飛行機に乗ってやってきて、
「本番」に寝坊してしまったのだ。
さぞ落胆しているだろうと思いきや、

「いやあ、思いっきり寝入っちゃいました」

と、本人は妙にスッキリした顔をしていた。
蓄積した仕事の疲れが一挙に吹っ飛んだらしい。


確かに、冬の野宿には、
よく眠るための要素が揃っている。

まず、適度な(ときには過剰になるが)運動。
スノ−シュ−をはいたとしても、
新雪の上を歩くには、足にかなりの負荷がかかるし、
前述したように、我々の装備は、
一般人とは、比べようもなく重い。
それで半日も歩けば、ある程度の疲労が蓄積し、
快適な睡眠を誘発する、というものである。

それから、精神的満足感および達成感ね。
北海道の森を構成する典型的な種である針葉樹は、
マイナスイオンをたっぷり放出しているから、
リラックス効果抜群。
何より、寒さと雪と風がつくりだした自然の造形美は、
見る人を感動と興奮と恍惚の世界へと引き込むし、
万難を排して目的地へとたどり着いたときの、
喜びもまた、ひとしおである。

そして、これがいちばん重要なのだが、寒さ、である。
冬の朝、どうしても布団から出られず、
学校や会社に遅刻しそうになった、という経験、
ない人はいないでしょ?
目覚まし時計か、かあさんの怒りを含んだ声で起こされ、
う〜ん、とか何とかうなってみるものの、
まぶたは全然いうことをきいてくれない。
だって、ねえ、
一晩かけてじっくりと暖めた布団ですよ。
朝が来たからといって、出るにはあまりにも惜しい。
勇気を出して、ペラっと肩が出るくらいめくってみると、
ひゅ〜っと冷たい風が襟元にすべり込んできて、
思わず背を丸め、ぶるぶるしてしまう、あの恐怖!
あと10分眠れるなら、
悪魔に魂を売り払ってもかまわない、
とみんな思っているでしょ(そんなこたあないか)?
ふたたび布団を元にもどせば、
とろとろに溶けたバタ−にシロップをかけたような、
甘〜い甘〜い眠りが待っているのに。
裏を返せば、寒さこそ、
快適に眠るための必須条件なのである。

そう、北海道真冬野宿における睡眠には、
寒さゆえの、とろ〜りとした甘い眠りに、
心地よい疲労と、リラックスした精神状態を加味し、
さらに、
日なたぼっこしてまどろんでいるネコの手触りと、
風邪をひいて点滴を受けたときの浮游感を、
ミックスして、こうなりゃヤケだ!と、
なおかつ2乗したくらいの快感があるのだ。

不眠症の気がある方は、ご連絡ください。
不肖・ヒツジ番が、いつでも、
キャンプにお相伴いたしましょうぞ。


真冬に野宿するなんて寒くて眠れないんじゃない?
って心配する声を聞くけど、
薄っぺらいナイロンか何かでできたテント、
これが、なかなか頼りになるんですよ。
外気温が−20度だとしても、
テントの中は、人間の体温効果もあって、
だいたい、−5度くらいにはなるのだ。
(それでも常人には寒いね、きっと)
で、換気に気をつけてランタンでもつければ、
室温(?)はプラスに転じること間違いなし。
雪洞の保温力・断熱(冷)力はもっとすごいよ。
外気温が−20度だろうが−30度だろうが、
のっけから中はプラスだからね。
夕食に鍋でもやろうものなら、
決して誇張表現ではなく、
Tシャツ1枚でも過ごせるほど暖かいのである。
きちんとした冬用の寝袋さえあれば、
(これが重要なのだ)
心配は無用さ。

前に、寒いのが苦手なミミ女史が、
ヒツジ番の口車に乗せられて、
冬の北海道視察を決意した、と書いたけど、
女史の心を動かすいちばんの要因になったのは、
この「眠る」ということに他ならない。

「そりゃあ、もう、すごいです。
 寝袋にもぐり込んだら最後、
 夜行性のモモンガだってイチコロ、
 よだれをたらしながらいびきをかくほどです」。

そんな言葉を信じてか、
日ごろの激務の疲れを癒すのに、
東南アジア高級リゾ−トホテル滞在、
多種多様リラックスマッサ−ジ、
もしくは、
南国の楽園アイランド、
プ−ルサイドで甲羅干し&トロピカルカクテル痛飲攻撃、
という、庶民憧れのVIPコ−スを捨て、
冬の北海道を選んでしまった女史の運命はいかに?


ハナシが脱線している間にも、
3人のいるヒョウタン沼では、
太陽が山並みに姿を隠しつつあり、
西風がますます強くなってきた。
真冬の北海道の原野で、
女史がはじめて迎える夜が、
刻一刻と近づいてきたのである。


つづく

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