女王様、-20度初体験 2

(2002/1/13〜15)



我々は「阿寒ネイチャ−センタ−従業員宿舎」の、
もんちゃんの部屋にお世話になったのだが、
目覚めたときには、すでに彼は出勤したあとで、
チ−ズト−ストの朝食が用意してあった。

「何て気がきく人なの!」

と、女史のご機嫌は朝からすこぶるいい。
(寝坊したヒツジ番としもべの株はまた下がった)

当初の予定では、阿寒湖の兄弟とも言われる、
ペンケト−、パンケト−の氷結した湖面に下り立ち、
美しい風景や厳しい寒さや満天の星など、
大自然を心ゆくまで堪能するはずだったのだが、
ミミ女史の気力と体力と経験とを考慮して、
急遽、行き先を、これまた阿寒湖近くにある、
ヒョウタン沼に変更した。


アラスカにオ−ロラを見に行ったときに購入したという
真っ赤なダウンジャケットを身に付けた女史は、
その下にも何やらたくさん着込んでいるので、
だるま状態になって、パンパンにふくらんでいる。
さらに、歩くホカロン宣伝とも言うべく、
使い捨てカイロを体中に貼り付けているのであった。
寒いのは特に苦手らしい。

んならわざわざ冬の北海道なんかに行くなよ、
と思うかもしれないけど、
同じメンバ−で、秋の妙義山奇岩紅葉巡りをしたときに、
ヒツジ番の口車に乗せられてしまったのである。

「女王様、この程度で感動してはいけません」

「え?だってすごいじゃない」

「北海道を知らずして日本の自然は語れません」

「クマが怖いわ」

「冬がいいです。冬眠してますから」

「寒いのはイヤ」

「暑いときは裸になっても暑いですが、
 寒さなら服を着込めばどうにかなります」

「しもべ、ベトナムへ行く前に北海道へ行くわよ」

ってな感じである。


しもべくんと言えば、これまたすごい格好なんだなあ。
彼がなぜ「サド」を呼ばれるのか、一目瞭然である。
まず、容量100リッタ−くらいはありそうな
バックパックの大きさに度肝を抜かれる。
恐ろしいことに、それには、
重さを想像するのがイヤになるくらいの
ジッツォのでっかい三脚までくくりつけてあるのだ。

さらに。
腹には、カメラのレンズ5.6本を収めた、
そんなの一体どこで売ってんだ〜、という
でっかいウエストポ−チ。
とどめは、首からぶらさげた2台のニコン。
レンズも80〜200mmF2.8なんてやつだから、
1台あたり少なくても3キロ以上はある。
プロレスラ−のトレ−ニングじゃないっつうの。

これで道無き日高山脈にも出かけちゃうのだから、
苦痛を喜びにしているとしか考えられない。
サド、に違いない、と人が思うのは当然である。
黒い厚手の防寒服(彼も寒がりである)に、
黒いバックパック、黒いウエストポ−チ、
そして黒いカメラという、
黒一色のコ−ディネイトもそれっぽい。


ちなみに、ヒツジ番の格好も、人からすると異常らしい。
-10度以下の気温であっても、歩くときは、
上は、Tシャツに長そでシャツにウインドブレ−カ−、
下は、ジャ−ジにウインドブレ−カ−。
そんな薄着じゃあ冬の東京だって歩けない、と
みんなあきれた顔をするのだが、
本人は寒くないのだから、これでいいのだ。
(20分も動けば汗が出て困るくらいさ)


午前11時半、そんな個性的な3人組は、
鶴居村へ向かう道道と国道241号の分岐点に、
後輪駆動になってしまったジムニ−を置き、
さんさんと輝く太陽の下、
スノ−シュ−をつけてさっそうと歩き出した。

冬期通行止めの看板が掲げられ、
ゲ−トで固く閉ざされた道道1093号には、
スノ−モ−ビルの跡が延々と続いている。
(どうも鶴居村から来ているらしい)
本来なら、
降り積もったパウダ−スノ−に一歩踏み出せば、
スノ−シュ−の浮力をもってしても、
軽くひざ下まで埋まってしまい、
力ずくのラッセルを余儀なくされるのであるが、
「スノモ」の跡があるために、
普通の道を歩くのと、ほとんど変わりない。

緩やかに登りつつ東から南へ弧を描くように進み、
ぽっかりと空間ができた送電線の下をくぐり抜けると、
道の両側に、針葉樹と広葉樹の入り交じった、
北海道独特の針広混交林が広がる。
雪を被ったトドマツの「子ども」は、
まるでクリスマスツリ−のようである。

姿こそ拝めないが、シカやキツネやウサギの足跡が、
いたるところに残っている。
優秀な猟師は、動物たちの足跡を見ただけで、
いつ頃通ったものか、さらには、
何をしていたのかまでわかるというが、
雪の上に残されたたくさんの「痕跡」を見て、
その動物たちの行動を想像するのは楽しい。

「あなたたちはこんな風景見慣れているんでしょ」

と言いつつ、女史は、あちこちにカメラを向けては、
しきりにシャッタ−を切っている。
しもべくんも負けじと、レンズを取っ換え引っ換え、
自然の造形の妙をフィルムに収めている。
冬の原野は、プロカメラマンさえも虜にする
絶好の被写体にあふれているのである。

30分ほど歩くと、右手の原生林の向こう側に、
ヒョウタン沼の存在を示す雪原が見えてくる。
なんでも、この沼は、
日本でもっとも早く全面結氷するとかで、
現在のように室内リンクが整備される前には、
スケ−トの選手がよく練習に来たらしい。

沼へ下りるために林の中を歩いていたら、
大きなトドマツの木にモモンガの巣を見つけた。
辺りは、えさ場になっているらしく、
食べ散らかしたトドマツの新芽が、
雪の上にたくさん散らかっている。
もしかしたら、日没時に、
ももちゃんに会えるかも、と期待がふくらむ。

誰もいないヒョウタン沼の湖面に下りて昼食。
思いの外、風が強い。


つづく

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