抜歯初体験
2002年 2月 27日 水曜日
北海道のこととは関係ないけど。
生まれて初めて、歯を抜かれた。
抜かれっぱなしじゃ、悔しいので、治療後に、
「それ、ください」
と、30年近く働いてくれた愛しい歯を、
歯医者から奪還したのは言うまでもない。
捨てられてなるものかってんだ。
担当医のおねえちゃんは、
「あ、はい?」
と不思議そうな顔をするので、
「縁起物だから、持ち帰って、便所の屋根に投げるんです」
と、重ねて言うと、
「はあ、縁起物、ですか」
と笑いながら、
血で赤く染まった(生々しいな)歯を、
ガ−ゼに包んでくれた。
突然、歯が痛み始めたのは、
忘れもしない、2月5日の夜のことだ。
21時に、スノ−モ−ビル・ドライバ−の仕事を終え、
事務所で軽くビ−ルを飲んだあと、
近くのホテルの温泉につかって汗を流し、
公営住宅にもどったのが23時過ぎ。
山口雅也の「生ける屍の死」を片手に、
(この本、すっげえ、面白いぞ!!)
ワイルドタ−キ−をひと口飲み、
つまみの、長岡浪花屋の柿の種をかじった時、
下の歯の、奥歯の手前あたりに、
ズキン、と痛みが走った。
ぼくは、体質的に虫歯になりやすいので、
半年に1度、歯医者へ行って、検診を受けているのだが、
その度に、
「これは、言わば、内側に生えている八重歯で、
かみ合わせもないし、他の歯にもよくないので、
早めに抜いた方がいいですよ」
と、指摘されていた歯があったのだが、
抜歯だけは、ずっと、拒み続けていたのである。
キ−キ−キ−という歯を削るかん高い金属音に、
チクチクチクッと執拗なまでにたくさん刺す麻酔注射、
妙に優しい看護婦(?)さんの業務的な笑顔、などなど、
虫歯の治療を思い出すだけでも恐ろしいのに、
歯を抜くだなんて!
しかし、しかし、
痛むのは、まさに、その歯なのである。
確かに、今回、これまでの治療のことを考えたら、
もっと早くに抜いておけばよかった、と思う。
でも、虫歯でもない歯を抜くのは、
どうしてもイヤだったのだ。
朝になっても痛みが治まらないので、
思い切って、阿寒湖畔にある歯医者へ出かけた。
診察の結果、虫歯ではなく、
歯の根っこが化膿しているのだとか。
ここでも、やはり抜いた方がいいですね、
と、言われたのであるが、ふんぎりがつかず、
そこで、第二の治療方法として、
歯に穴を空けて、バイパスをつくり、
(かつての治療で神経は抜かれていた)
そこから、膿を出す作戦が決行された。
結局、湖畔の歯医者には、
3日連続で通ったのだけど、
全く改善の兆しがないので、
もしかしたら、もっと重病なのかも、
という疑念がむくむくとわき出し、
念のために、別の歯医者にも診てもらおうと、
隣町の津別へ行くことしたのだ。
結果的には、同じ見立て(?)だったのだけど、
抗生物質を処方してくれなかった
湖畔の歯医者にはちょっと落ち度があるなあ、
と、勝手に判断して、
津別の歯医者に運命を任せることに決めた。
ところで、歯医者の予約って、
何でいつも1週間ごとなんだろうね。
今回、痛くて痛くて、いてもたってもいられない、
という状況にもかかわらず、
次の診察は、1週間先なんだよね。
そのことを窓口で言うと、
「ガマンできなかったら、いつでも来てくださいね」
って言うのだけど、
「正式な予約」は1週間後で変わらないんだよね。
まあ、いいか。
治療とはあんまり関係ないけど、
津別の歯医者の看護婦(?)さんは、
そろいもそろって、25歳前後、
頭、まっ茶っ茶で、化粧が濃く、
アンニュイな雰囲気を漂わせている、
「お水」系である。
最初に行ったとき、3人いるうちの3人が、
受付の奥でパイプイスに座って足を組み、
枝毛の点検をしていたので目が点になった。
正直に白状すると、東京や帯広でも、
こんなに空いている歯医者は初めてだったので、
すっげえ不安になったのだが、
まあ、田舎町の歯医者はこんなもんか、
と、自分を納得させた。
初診時には、担当医は、口腔外科が専門、という
40代後半くらいのおじさんだったのだが、
いつのまにか、ただいま研修中です、みたいな、
20代後半の、今どき珍しい黒髪のおねえちゃんに、
取って代わられたのである。
(容姿、腕はともかく、まわりがまわりなだけに、
楚々として見えたことを付け加えておこう)
この人、思ったことが口に出るタイプらしく、
「あれえ、何でこんなに腫れるんだろう?」
「あっ、ちょっと、まずいかなあ」
なんて、治療中に小さな声で口走ったり、
ときどき、「親分」を呼んで、
指示を仰いだりするもんだから、
小心者の患者としては、不安増大。
目をギュッときつく閉じて、
腹の上で組んだ指を強く握りしめ、
耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ。
抗生物質を飲みつつ、
通院して歯の根っこの掃除をする、
という治療を続けた結果、
痛みはやや薄らいだものの、
今度は、歯茎がどんどん腫れてきた。
そして、先週、ついに、
「もうこれは、抜くしかありませんね」
と、最後通牒をたたきつけられたのである。
ガ〜ン。
抜歯である。
歯を抜くのである。
虫歯をぐりぐりされるだけで痛いのである。
あ〜あ、ふう(ため息)。
憂うつな気持ちで診察台に座ると、
おねえちゃん歯医者さんが、にこやかに、
「おはようございます」
その笑顔が、ふ、不安だ。
「前回歯茎を切開して膿を出しましたけど、
経過が良さそうなので、今日、抜きますね。
体調には問題ありませんよね」
「ちょっと腰に疲れがたまっていますけど」
「あ、それなら大丈夫です」
ちょっとチクチクしますよお、と、
歯茎の内と外、10カ所くらいに、
これでもかっ、と麻酔を打たれ、
いざ、作業開始である。
診察室のBGMに流れているラジオから流れる、
福山雅治の妙に軽すぎる歌声が癪に障る。
歯を抜く道具といえば、やっとこ、だ。
閻魔さんが舌を抜くのも、やっとこ、だな。
とおバカな考えが頭をよぎり、
どんな道具で自分の歯が抜かれるのか気になるのだが、
ぼくには、目を開けて一部始終を凝視する勇気はない。
歯の治療中、ずっと目を見開いている、
という、知りあいのおねえちゃんがいるのだが、
彼女は、どこを見ているんだろう?
歯医者の目をにらみつけているのか、
治療の過程を逐一チェックしているのか、
はたまた虚ろに宙を眺めているのか、
今度会ったら、聞いてみよう。
目をつぶっているので、
以下のことはすべて想像である。
やっぱり、道具は、やっとこ系のものだ。
目的たる歯をはさんで、
力任せに、右に左にぐいぐいと揺らし、
根をガタガタにしてから引っこ抜く作戦とみた。
隣の歯を使って、てこの原理も駆使しているようである。
「はい、抜けましたよお」
と言う声を聞くまでの長かったこと。
のどの奥にタンがからんだような感じにはなるし、
唾液や血を吸引する係のお水さんは、
口の中、ありとあらゆる場所に
「口内掃除機」の吸引口を当てるものだから、
おえっとなりそうになるし、
何より、ずっと口を開いていることのつらさ、ね。
ウオ〜!!
1度うがいをして、ホッとしたのも束の間、
「化膿部分の掃除をしますからねえ」
おいおい、それは、先週済んでいるはずじゃあ?
これが、痛かったのさ。
化膿している部分には麻酔が効きにくいとかで、
針のようなものをぐりぐり差し込まれて、
ぎゃっ!痛い!と顔をしかめると、
麻酔をつぎ足す、の繰り返し。
おまけに、膿が、歯を中心に抱え込むように、
袋状になっているっていうから、
あっちゃこっちゃを、
チクチク、グサリ、チクチク、グサリ。
目の両わきに涙がジワリたまってきたさ。
「?#@!&、ありますか」
「生理食塩水をもっと持ってきてください」
「針と糸がセットになっているやつください」
おねえちゃん、お水さんに指示を出すとき、
深刻そうに言わないでくれ、頼むから。
精も根も尽き果てたぞ。
抜かれた歯は、2.3センチの長さがあり、
歯茎に刺さっていた根っこの方が尖っていて、
ちょうど、犬の牙のような形をしている。
「お持ち帰り」をオ−ダ−すると、
おねえちゃんが笑いながらガ−ゼに包んでくれたのだが、
そのゴムの手袋を見るともなしに見ると、
真っ赤っ赤の血まみれである。
頭、クラクラしたなあ。
歯は、事務所に帰って、水できれいに掃除して、
ぼくのバックパックの中に、保管されている。
あとは、1週間後に抜糸をするだけだぜ。
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